意外と知らない真実。
このような連盟があるようです。
全関東学生雄弁連盟
1946年、最もサークルが集中していた関東地区大学弁論部の、横断的な連絡・交流組織として、「社会正義の実現と言論の自由の擁護」を綱領に全関東学生雄弁連盟(通称・全関)が結成(加盟校数は、20?30校前後で推移していた)された。以後、積極的な統一的行動により、1950年代から1960年代前半のには、一部マスコミにも注目され全盛期を迎えた。また、東北・中部・関西・九州にも同様な機関が結成され、1950年代から1960年代にかけ、各地域組織の連絡・交流を目的に全日本学生雄弁連盟(通称・全日)が存在していた。
1960年代後半から1970年代にかけ、学園紛争の影響で全関の活動は停滞し、地方の大学では弁論部が相次いで消滅した(全日も存在意義を失い消滅)。また、1975年頃には、全関に対する志向性の相違により、早稲田大学雄弁会と慶應義塾大学弁論部が脱退した(その後も、他大学の弁論部との連絡・交流は継続された)。
1980年頃より、学園紛争の沈静化とともに、全関も活動も再び活発化し、1992年からは全国規模の遊説隊を組織(全国遊説、1999年まで実施、2000年は関東域から九州までの範囲に規模縮小して実施)、1996年には東京都との討論会共催(首都機能移転問題に関する学生議会)等の企画を行った。また、1993年には、再び全国組織である全日本学生弁論討論交流会(通称・全日)が結成された。この頃の組織は、最高意思決定機関として加盟校が議決権を持つ総会(総会は定例・臨時・年度で開催された)、運営機関として加盟校構成員の有志の中から総会により選任されたによる者で構成される中央執行委員会(正副委員長の他、企画局をはじめとする局長及び同補佐によって組成。委員には当時”東明中日”と俗称され1980年代から1990年代初頭に構成員がいずれも50?100人規模であった、第一高等学校・東京大学弁論部、明治大学雄弁部、中央大学辞達学会、日本大学雄弁会の構成員が比較的多かった)、そのほか中央執行委員会の外局のディベート委員会(外局委員長は中央執行委員会の委員長から指名された。2000年11月の臨時総会で廃止)をはじめ、特設の企画の実行委員会やディベート・リーグ等を運営する特別委員会が付設されていた。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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